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「御殿手」の継承で特訓-”本部サールー”の長男・朝正氏
 
 
沖縄タイムス昭和53(1978)8月29日記事
 
 
”本部サールー”の名で知られ、武名をはせた故本部朝基氏の長男1)、大阪府貝塚市堀二丁目二二、柔道整復師・本部朝正氏(五三)は琉球王家の秘伝の”ウドゥンディー(御殿手)”を学ぶため、本部流古武術協会総本部部長、最高範士・上原清吉氏(七五)の道場で連日特訓を受けている。
 
 本部御殿の「手」は王家の代々長男だけが受け継ぎ廃藩後は長兄の十一世・本部朝勇(按司方ウメー)だけが知っていた。一般に普及している剛の手に対して柔の空手で究極の奥義は”舞いの手”とされる。三男の朝基は剛の手で名を売ったが、本部家の血筋で御殿手を受け継いだ者は途絶えている。上原氏は十一世朝勇に本部手を伝授された。十三歳の時から突き、蹴りの基本だけを繰り返し、十九歳になってやっと”手”を教えてもらえた。
 
 本部家の人々は多くが本土に渡っていて十一世に習った技を返そうと血筋の人を探した。訪ねあてても引き継ぐ意思を持たなかったという。数年前連絡がついた本部朝正氏が警察畑でずっと空手をやっていて”基礎”ができていたため、御殿手を引き継ぐことになった。現在、退職し、空手道場を開いている。三週間前に来沖、毎日午前九時から午後八時まで特訓を受けている。これで二度目の来沖。
 
 上原氏は、ふつうの空手と違い、つま先だって激しい動きなので足袋を用意するように言ったが、本部さんは「きえたえているので…」と素足でけいこに臨んだが、半日で足の皮をむいてしまった。足袋も三日ともたず破れるという激しいけいこが続いている。
 
 上原氏は朝基と親しく話しする機会があったという。朝基は大正十二年、世界漫遊の途中に来日し、次々柔道家と試合して倒した拳闘家ジョージを一撃で倒して全国に武勇をとどろかせた。

 翌年朝基は帰郷、長兄の朝勇と立ち会った。朝基の激しい突き蹴りはかわされ投げとばされた、という。その時に長兄からウドゥンディーの伝授を受けた。
 
 本部さんは九月まで滞在、けいこを続ける。舞いの手の奥義に達するまで二年はかかるという。「血筋はたやさない。しっかり受け取りたい」と、ことば少なに決意を述べた。
 

1)  三男の誤記。