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「阿嘉直識遺言書」に見る18世紀の琉球の諸武術
――示現流、柔術、からむとう――

 
本部直樹(日本空手道本部会)
日本武道学会第42回大会研究発表抄録 於:大阪大学 2009年8月24日

 
 1.  はじめに
 
 
 「阿嘉直識遺言書」(前編1778、後編1783)は、琉球士族・阿嘉親雲上直識(あかぺーちんちょくしき、1721-1784)が一子・松金直秀(まつがにちょくしゅう)の将来を憂い、晩年にしたためた遺言書である。流麗な和文で書かれたこの遺言書は、有職故実、文学、音楽、書、茶道など当時の琉球士族が学ぶべき諸芸について幅広く言及し、18世紀の琉球士族の教養を知る上で極めて重要で、従来もっぱらこうした方面から研究がなされてきた。しかし、この遺言書は、同時に当時の琉球士族が稽古していた諸武術についても言及しており、その内容は従来の沖縄の空手・古武道史を刷新するだけの価値を含んでいる。

2.  考察
 
 阿嘉直識はまず我が子に示現流の稽古の必要性を説いている。また、自分は衡氏久場親雲上(こううじくばぺーちん)に長年示現流を師事してきたとも述べている。示現流は言うまでもなく薩摩の剣術で、琉球王国末期の琉球士族の中には薩摩に渡りこれを習得した者もいたという口碑は従来伝わっているが、薩摩侵攻以降のいわゆる“禁武政策”によってこうした剣術は琉球には存在しなかったとする見方もあり、従来論争が続いていた。今回、この遺言書から18世紀にはすでに沖縄本島で示現流が教授されていた事実が明らかとなり、この種の論争に決着がついたと言える。また阿嘉直識は、曾祖・直好が稽古していた示現流並びに天流槍・長刀術の伝書を、残すべき家宝として言及している。つまり、薩摩侵攻以降もこうした日本武術は断続的に琉球へもたらされていたわけである。

阿嘉直識遺言書 

 
 次に直識は稽古すべきではない武術として「からむとう・やはら」の二つを挙げている。「やはら」とは言うまでもなく柔術のことで、日本に起源をもつ間接技・投げ技を主体とした体術である。沖縄にはこうした技法は「取手」という名称で一部の空手流派に伝承されているが、これらがいつどこから琉球に伝来したかは従来不明であった。
 
 「からむとう」は不明であるが、前後の文脈からおそらく今日の「空手」もしくはその源流武術を指していると考えられる。漢字であるいは「唐武道(からむどう)」と表記したのかもしれない。空手は明治・大正時代には唐手と表記されていたが、琉球王国時代の表記は従来明らかではなかった。それどころか、空手について直接記された琉球王国時代の文献は、従来一つも発見されていなかったのである。今回、空手が18世紀にはすでに「からむとう」の名で流行していた事実が逆説的に明らになったと言える。
 
 

 
参考資料:「阿嘉直識遺言書」抜粋(現代語訳付)
 
 
(原文)
示現流の儀、御当地にては、何ぞの御用にも相立たず候へ共、先祖より武芸の家にて、且は士の家に生まれ、自分に差当たりこれはの時、または平日気持心持怠らざるはげみに相成候間、手足身を痛めざる様に、余力の時分に稽古いたすべく候。根本の稽古方の障にならざる様に、忍び々々に稽古これあるべく候。からむとう・やわらなどは稽古に及ばず候。示現流の儀、少々稽古いたし候とて、傍輩衆へ相交り、言あらそひ打合などいたし、かへつて身をほろぼし、大なる傷を求め、何分後悔いたし候とも益なく甚以て不孝の至りに候間、能々其慎をもって稽古の嗜いたすべく候。
 
(現代語訳)
示現流のことについては、ここ琉球では、何のお役にも立たないけれども、我が家は先祖より武芸を尊んできた家柄であり、またおまえは士(さむらい)の家に生まれたのであるから、いざという時に役に立つように、また平常自分の気持ちが無気力・怠惰にならないための励みにもなるので、手足や体を痛めない程度に、余裕のあるときに稽古に励みなさい。稽古は、(学問、書道などの)もっと大切な稽古の支障にならないように、少しずつ無理をしないように稽古しなさい。また、“からむとう”や柔術などの武術は稽古するには及びません。示現流は、少しばかり稽古したからといって、同年配の仲間たちと言い争ったり打ち合ったりすれば、かえって自分の身をほろぼし、大きな傷を受け、後になって後悔しても何の利益もなく、甚だ親不孝の至りであるから、よくよく慎みの心をもって稽古の心得としなさい。
 
 
(原文)
一、示現流は、衡氏久場親雲上知途へ相附、多年稽古いたし、相嗜置候。私家の儀は、先祖よりもののふの家にて候間、諸稽古かけて、忍び忍びに、余力のある時分怠らざる様に相嗜むべき事。
 
(現代語訳)
一、示現流は、私は衡氏久場親雲上知途に師事して、長年稽古に励み、親しんできました。我が家は、先祖より武士の家であるから、他の諸芸能の稽古とともに、少しずつ無理をしないように、余裕のあるときに怠けぬよう稽古に励みなさい。
 
 
(原文)
一、刀一腰無銘、心に目貫二ツ有也、先祖より曾祖直好稽古致置候示現流の書、天流鑓長刀之書、楠正成遺言の三巻の書、鑓一本奥和泉守作ニテ候、六寸懐剣一信国作、直好より刀一腰氏興作、脇差一本無銘、弓矢かなて共直好求之。右家の宝物にいたし、子孫へ可相譲候。
 
(現代語訳)
一、刀一腰(無銘)、これの柄に目貫が二つ付いている。先祖より伝来しているものとしては、曾祖父・直好が稽古した示現流の伝書、天流槍術・なぎなた術の伝書、楠木正成の遺言書の三巻、槍一本(奥和泉守作)、六寸の短刀(信国作)、また、直好が買い求めた刀一腰(氏興作)、脇差し一本(無銘)、弓矢、かなてなどがある。これらを我が家の宝物にして、子孫に残しなさい。